釧路市の釧路川に架かる幣舞橋(ぬさまいばし)は、2026年11月26日で、いまの5代目の完成から50年になります。これにあわせて、釧路開発建設部と釧路市が、11月2日(月)から11月29日(日)まで歴代の幣舞橋を紹介するパネル展を開き、11月23日(月)から29日(日)までは幣舞橋で特別ライトアップを行います。
10月27日 21:55時点、釧路開発建設部の発表に基づく(2026年10月26日発表)。変更は末尾の一次資料で確認してください。
パネル展は、いつ・どこで見られる?
パネル展は1か所で続けて開くのではなく、期間ごとに会場が変わります。釧路開発建設部の発表に載っている日程と会場は、次のとおりです。
| 期間 | 会場 |
|---|---|
| 11月2日(月)〜11月13日(金) | 釧路市役所防災庁舎1階 多目的スペース |
| 11月2日(月)〜11月13日(金) | 釧路地方合同庁舎1階ホール |
| 11月7日(土)〜11月8日(日) | 釧路市生涯学習センター「まなぼっと幣舞」1階市民展示ホール |
| 11月16日(月)〜11月29日(日) | 釧路フィッシャーマンズワーフMOO1階 |
| 11月16日(月)〜11月29日(日) | 港文館 1階 |
土曜・日曜に見られるのは、11月7日(土)・8日(日)のまなぼっと幣舞と、11月16日(月)からのMOOと港文館です。11月14日(土)・15日(日)は、表のどの会場にも当たっていません。
各会場の開いている時間や、入場の料金は、発表には書かれていません。行く前に各会場に確かめてください。
発表には会場マップも付いていて、釧路駅、釧路市役所、釧路地方合同庁舎、MOO、港文館、まなぼっと幣舞、幣舞橋の位置が示されています。地図は、末尾の一次資料(PDF)の別紙1で見られます。

特別ライトアップは何日から?いつもの色と違う?
架橋50年の特別ライトアップは、11月23日(月)から11月29日(日)まで、幣舞橋で行われます。5代目が完成した11月26日をはさむ1週間です。
発表によると、幣舞橋のライトアップは平成31年度から釧路市が行っています。秋冬のふだんの配色は赤とオレンジで、架橋50年の期間は、それとは違う特別な配色にすると書かれています。どんな色になるかと、点灯する時刻は、発表には書かれていません。
幣舞橋はどこにある?
幣舞橋は、釧路川に架かる国道38号の橋です。北海道開発局の施設紹介の資料では、橋の長さは124mとされています。
場所: 幣舞橋(釧路市。釧路川に架かる国道38号の橋)
同じ資料には、幣舞橋のロータリーから出世坂を登ったところに幣舞公園があり、公園の中に松浦武四郎蝦夷地探検像や、原田康子「挽歌」などの釧路ゆかりの記念碑があると書かれています。
幣舞橋とは?「幣舞」の名前の由来は?
パネル展の1枚目「幣舞橋、130年を超える歩み」によると、「幣舞」はこの地域の名前で、アイヌ語の「ヌサ・オ・マイ」(幣場の・ある・ところ)が語源だという説があります。幣場は、神を祀るためのイナウ(木幣)を立てて並べ、儀式を行う場所のことです。
北海道開発局の資料では、幣舞橋は札幌の豊平橋、旭川の旭橋と並んで「北海道三大名橋」と呼ばれています。釧路港の夕日を「四季の彫刻」のシルエットと一緒に眺める景色は、マニラ湾(フィリピン)、バリ島(インドネシア)と並ぶ「世界三大夕日」と呼ばれている、とも書かれています。

いまの橋は何代目?歴代の幣舞橋はどう変わった?
パネル展では、幣舞橋の前身の「愛北橋」から5代目までを順に紹介しています。パネルに載っている期間・長さ・幅を並べると、次のようになります。
| 橋 | 期間 | 長さ | 幅 |
|---|---|---|---|
| 愛北橋(民営) | 1889年(明治22年)〜1898年(明治31年) | 216m | 3.6m |
| 初代幣舞橋 | 1900年(明治33年)〜1909年(明治42年) | 203m | 4.2m |
| 2代目幣舞橋 | 1909年(明治42年)〜1915年(大正4年) | 203m | 4.5m |
| 3代目幣舞橋 | 1915年(大正4年)〜1924年(大正13年) | 201m | 7.2m |
| 4代目幣舞橋 | 1928年(昭和3年)〜1975年(昭和50年) | 113m | 18.3m |
| 5代目幣舞橋 | 1976年(昭和51年)〜現在 | 124m | 33.0m |
4代目と比べると、5代目は長さが11m長く、幅は14.7m広くなりました。1〜3代目の木橋は長さ200m台でしたが、幅は7.2mまででした。
パネルに書かれている、それぞれの橋の出来事をまとめます。かっこ内の現在価値は、2026年10月時点の発表に付いたパネルに書かれている換算です。
- 愛北橋:1889年、釧路川の南北を行き来するために最初に架けられた橋です。渡し船では不便で危なかったため、釧路で酒造りや米の商売をしていた民間の会社が、通行料をとる有料の橋として架けました。1898年に氷で傷み、9年で落ちました
- 初代:1900年に国のお金で架けられた木橋で、地域の名前をとって「幣舞橋」と名付けられ、国道になりました。1908年には、釧路新聞の記者として釧路に来た石川啄木がこの橋を渡り、句を詠んでいます。1909年にこわれて落ちました
- 2代目:1909年、工事費約9,500円(パネルの現在価値で約1,500万円)で架けられた木橋です。「簡易トラス」という木組みを11連つないだ形でした。寒波や流氷で傷み、6年で役目を終えました
- 3代目:1915年に工事が始まり、工事費約17,800円(現在価値で約2,600万円)で、その年のうちに完成しました。1917年に釧路駅が今の場所へ移り、橋を通る交通が増えました
- 4代目:1928年、工事費865,000円(現在価値で約7億円)で完成した、初めての永久橋です。道内で初めて鉄筋コンクリートを使った橋で、アーチを描くヨーロッパ風のデザインでした。1945年の空襲や1952年の十勝沖地震の津波にも耐えました
- 5代目:1976年11月26日、工事費23億円(現在価値で約32億円)で完成しました
北海道開発局の資料によると、第2次世界大戦中に壊されて川底に沈んでいた4代目の親柱が、釧路市立博物館に展示されています。
5代目の幣舞橋は、どんな考えで造られた?
パネルの5枚目「5代目幣舞橋の設計について」では、5代目は市民と一緒にイメージを話し合い、先代の面影を残したいという市民の声を取り入れて造られたと紹介しています。主な点は次のとおりです。
- 幅:北大通り(6車線33m)に合わせた
- 長さ:先代より6m長い124mにした。漁船やはしけ、木材を運ぶ船のために、中央の航路の幅を50m取った
- 橋脚の間の長さ:中央54m、左右34.5mの3つに分けた
- 4代目の面影:橋の下のアーチの形をはっきりさせ、当時の親柱を残した。水面から上の橋脚は半径5.6mのアーチの形
- 渋滞の対策:橋のたもとのロータリーで車道と歩く人を分け、両岸の橋台の下に横断地下道を設けた
- 新しい試み:4か所の橋脚の小柱の上に彫刻を置き、欄干にハマナスの模様を使った
橋の上の彫刻は、市民の寄付で置かれた裸婦の立像「道東の四季」です。春・夏・秋・冬の4体があり、現代日本の彫刻界を代表する4人に制作を頼んだと、パネルに書かれています。

パネル展では、ほかに何が紹介される?
パネルの6枚目は「橋梁メンテナンスの最新技術」です。平成26年に全都道府県に置かれた「道路メンテナンス会議」の役割や、高い所など点検が難しい場所で使う点検用ドローンの紹介が載っています。点検用ドローンは、橋のせまい部分でも撮影でき、塗装のはがれやひび割れ、腐食の様子を見えるようにできると書かれています。
問い合わせ先は?
架橋50年記念行事の問い合わせ先は、国土交通省 北海道開発局 釧路開発建設部の道路計画課(電話 0154-24-7268、内線3351)です。番号は釧路開発建設部の発表(PDF)に載っています。
釧路市・釧路町の催しや交通の記事は、釧路市・釧路町のイベント・交通・暮らしまとめから見られます。
一次資料
- 「5代目幣舞橋」架橋50年記念行事について(釧路開発建設部・2026年10月26日・PDF)(パネル展の日程と会場・特別ライトアップ・会場マップ・パネルの内容・問い合わせ先)
- 国道38号 幣舞橋(北海道開発局の施設紹介の資料・PDF)(橋の長さ・北海道三大名橋・世界三大夕日・周辺の見どころ)
写真: MaedaAkihiko / CC0
